ことの始まりはちょうど1週間前。武者小路さんが「鶴の恩返し」のように「格納庫の扉を開けてはなりません」と言い出した翌日のこと。
「どうだい? 最高の艦だと思わないかね?」
 案内された研究所の格納庫には、一隻の戦艦が鎮座していた。一瞬その迫力に騙されかけたが、すぐに疑問が浮かんでくる。1日で艦を完成させるなんて正気の沙汰じゃない。それ以外にもまだまだ聞かなくてはいけないことがたくさんある。
「驚いてくれて嬉しいよ。手の込んだ下準備をして正解だったようだな」
 高笑いしている武者小路さん。確かに驚いてはいるのだけれど、そこまでして何がしたいのかがまるっきりわからない。ほとんど何も成果を出せなくなった、この大波研究所に出資し続けてくれている奇特なスポンサーさんではあるのだけれど、時折サプライズという名の奇行をする。今回のは特大のサプライズだ。名家の当主が何をしでかしてくれたのだろう。
「ん? 何をそんな不思議そうな顔をしているんだね。我輩、武者小路勝家が発注したコンセプトに沿って君と所長殿が設計した船だ。存分に使ってくれたまえ」
 そうじゃなく。って聞いてない。さっきからずっと高笑いのまま。かなり上機嫌だ。非常にマズイ。会話が完全に成り立たなくなってる。このままじゃ、訳が分からないまま、格納庫を武者小路さんの艦に占有されてしまう。それに戦艦の維持費とかスタッフとかどうするのよ。
「そのあたりのことも話したいから、所長殿を呼んできてもらえないかね」
 はぁ、しょうがない。兄さんを呼んできます。私からも色々言いたいのですが、兄さんの方がしっかり話をまとめてくれると思いますし。
「言いたいことってもしかして『感動した! 勝家様愛してる!』とかかな?」
 頭が痛い。私1人では相手しきれない。もう無理。兄さん助けて。

 案の定、兄さんも戦艦の迫力に腰を抜かして驚いた。さすがの兄さんでも想定外だったらしい。口を2、3度パクパクさせる。が、驚きはそこまで。思案顔になって困惑顔になる。それから高笑いをしている武者小路さんを見つけてため息を1つ。これからどれくらい説教、もとい尋問タイムになるだろう。

 約10分かかった兄さんの尋問、もとい質問タイムは終了し、大まかなことはわかってきた。
「所有権は大波研究所。クルーの手配や定期メンテナンスの費用は武者小路様。運用にかかる費用は都度相談ということでよろしいのですか?」
「ああ、もちろんだとも。我輩が勝手に造らせたものだからな」
 条件は私たちにとって非常にありがたい。むしろ武者小路さんにどのような得があるのか分からない。やっぱり武者小路さんの気まぐれサプライズなのだろうか。
「ただ、できれば我輩の頼みを1つ聞いていただけると嬉しいのだが、どうだね?」
「伺いましょう」
「戦艦、そして君たちの機体。戦う準備は整ったはずだ。始めないかね? 2年前の復讐を」
 急に真面目な顔で武者小路さんが話し始めたと思ったら、ようやく忘れ始められたことを思い出させる。フラッシュバックする嫌な思い出。復讐なんて面倒だ。ホント、忘れようと思ってたのに。
「虫も殺せない武者小路家の箱入り当主が何を仰るのですか」
「我輩は本気だ。お遊びで戦艦をプレゼントなどしないさ」
 ちょっとピリピリした空気。兄さんも言葉選びがキツい。元々細かった目がより鋭くなっている。兄さんも本気なのだ。
「君たちも真実を知りたがってると思っていたんだがな」
 武者小路さんが前傾姿勢でいつもとは違うオーラを放ちながら詰め寄る。対する兄さんは表情を崩さないまま腕を組む。兄さんはどう思っているんだろう。あの事故の真相に、あの消えた謎の機体に興味あるのだろうか。
 ふと兄さんがこちらを向く。目が合って、一瞬の間が空いてほほ笑む。兄につられた武者小路さんも私を見る。そして息を1つ吐いてから口を開く。
「なるほどな。我輩も焦らないことにした。今日の返事は諦めよう」
 え? 私何かしたかしら。そんなに嫌な顔をしていたかしら。
「では話題を変えようか。我輩の艦はどうだ? 最高だと思わないかな?」
「しっかり見ないと、何とも言えないです」
「兄の方は連れないではないか。朱君は『感動した! 勝家様愛してる!』と言って抱きついてくれたのだがな」
 いや、一言も言っていない。それとも妄想の話を現実だと思い込んで話しているのだろうか。もしそうなら1度脳外科に見てもらわなくてはいけない。
「本当か! 戦艦を造れば抱きついてくれるのか!?」
 兄さんも食いつかないで。私はそんな軽い妹じゃありません。武者小路さんの妄言です。もしかしたら武者小路さんの脳内では再生されていたのかもしれませんが、それは現実じゃありません。
「なん、だと!? それでも羨ましい」
 どこが羨ましいんだろ、あんな脳内ハッピーパラダイスの。
「では我輩は帰るぞ。じきにクルーも集める。その時までには艦のことを見ておいてくれ」
「わかりました。僕も艦の設計に入らせていただきますので失礼します」
 兄さん、ストップ。妄想ストップ。脳内ハッピーパラダイス菌がうつってる。正気に戻って。
「朱、どうして僕には造らせてくれないんだい?」
 振り向きざまにカッコつけて言わないで。ついでにいつもよりも2段階くらい低い声も出さないで。それから冷静に考えて。研究所の格納庫にもう1隻戦艦を置くスペースもないし、そもそも設計したところで建造するまでどれだけ時間がかかると思ってるんですか。
 その後の話し合いにより、私が1日「お兄ちゃん」と呼ぶという交換条件でやっと兄さんは諦めてくれた。どうしてこうなっちゃったんだろう。私に落ち度はないはずなのに。



 もっと速く。もっと速く。出力を上げろ。感情を昂らせろ。バーニアが焼ききれるまで加速しろ。これじゃあまだ追いつかない。もっと。もっと。そうでないときっとアイツには逃げられてしまう。だから、もっともっと速く。
 全転位モニターに表示される景色は高速で流れ、障害物は一瞬で眼前に迫る。私の機体であるブロッサムナイトはそれを避けながらもぐんぐん加速していく。しなやかな肢体と大きなスカートをなびかせながら市街地を駆け抜けていく。背部に装着したフライトユニットはアラートを出しながらも、最大限の推進力を与え続けてくれている。
 ブロッサムナイトは世界で類を見ない最高の機体だと信じている。特に搭乗者の感情を機体に伝え、行使可能な魔導力量を飛躍的に増大させる『アーデントシステム』は、今の魔導力開発における最も優秀なのシステムだという確信がある。機体性能でも公表されているどんな機体よりも優秀である自負もある。
 オーバーワーク状態のフライトユニットにも速度の限界はやがて訪れる。でもまだ見えてこない。最高の機体が限界以上の性能を出してくれている。それでも2年前の残像は私の頭に出てこない。まだ足りない。もっともっと速く。今のままじゃアイツに、「迷子」には出会うことさえできないのではないだろうか。
 より魔導力と集中力をバーニアに向けたところで、フライトユニットの先端が何かに触れ、機体がきりもみ回転しながら地面を転がっていく。看板か電線か、それすらも分からない。完全に見えていなかった。私のミスだ。画面全体をアラートが埋め尽くしてシミュレーターが停止する。今回もダメだった。届かなかった。

 シミュレーターのカプセルを出ると、武者小路さんが壁に寄りかかって立っていた。見られた。よりにもよって一番知られたくない人に見られてしまった。
「3日ぶりだね、朱君。調子はいかがかな?」
 もう分かってるくせに。嫌な言い方をしてくる。どうせ私がシミュレーターから出てくる時の表情も見たのでしょう。
「そんな警戒してくれるな。我輩は朱君のことを好ましく思っているのだが」
 はいはい。それで何の御用ですか。
「君は我輩がおせっかいだと思うかね?」
 そうね。とびきりのおせっかいね。ずっと研究所に支援し続けてくれているし、勝手に戦艦造ってくるし、復讐をしないか、なんて提案してくるし。親切を通り越しておせっかいなのよ、ほんと。
「それは困った。見解の相違がある。我輩はもっと利己的だ。我輩がやりたい復讐に君たちを付き合わせようとしているのだ。酷い男だろう?」
 本当に酷い男だ。どうやら嫌な言い回しと拙い演技をして、何か企んでいるみたい。
「それに、我輩をおせっかいというのなら、朱君も復讐したいということにならないかい?」
 なるほど。第一声から私を言いくるめることを考えていたらしい。酷い男と言うのなら。おせっかいだなんて言わずに好きにしたらどうですか?
「言質は取ったぞ、朱君。我輩の好きにさせてもらおうか。楽しみに待ってくれたまえ」
 武者小路さんのペースで言ってはいけないことを言ってしまった気がする。一応兄さんにも相談しておこう。



 そしてさらに4日後の今日、再び武者小路さんの高らかな笑い声が格納庫に響き渡った。
「やぁやぁ、皆さん。我輩の艦に見惚れてるかね?」
 どこかの地方議員のように手を上げて挨拶しながら入ってくる。しかも後ろに何人か連れて。あんなにいい笑顔をしているのに不思議と悪い予感しかしない。
「今日は試験航行としゃれ込もうではないか。ブリッジまで案内してくれるかね?」
 また唐突に。試験航行と言っても後ろに7人しかいないし、ぱっと見で筋肉隆々なのにメイド服の人と怪しげな占い師さんは絶対に危ない。それに巨大なスパナ担いだ人は機体ばっか見て船なんて見てないし。
 ここは一旦退いて形勢を立て直そう。まともに話せる気がしない。

 兄と揃って踏み入れたブリッジは、普段とは異なる次元にあった。目の前にUFOが着陸したとか、目が覚めたら別人になってたとか、兄さんに恋人ができたとか、そういうレベルの衝撃的な光景だった。初めて見る7人が7様の強すぎる個性を放っていた。兄さん、お気を確かに。気持ちは痛いほど分かるけど。
 武者小路さんが私たちの到着に気づき、艦長席から集まるよう音頭を取ってくれている。ありがたいのだが、それに反応してくれる人が皆無。手を叩いてみるものの反応が返ってこない。彼も通常の次元に取り残されてしまっているようだ。
「多少問題のある面もあるが、スペシャリストを揃えたのだ、自信を持って紹介しよう」
 これを多少と言うの。どう考えても惨状じゃない。よく「自信ある」なんて言えるわね。
「ほら、考えてみろ。抜群の集中力じゃないか」
 顔を引きつらせて何を言っているのだか。まあ、いいわ。紹介するなら早くお願い。ブリッジがまだ原型をとどめているうちに。

「彼女は星宮うさぎ。プログラミングの天才少女で、オペレーターをしてもらう」
 最初に紹介されたのは、艦長席のすぐ前にあるオペレーター席。その前には一際大きなディスプレイがあり、現在はいくつものウィンドウがマルチタスクで様々な処理を行っている。確かに彼女は天才だ。私でも理解できるのが半分くらいのものを、高速で操作、入力し、何かのプログラムを平然と作り上げようとしている。しかもそれを行っているのは、小中学生のような少女のようだ。
「用事?」
 一切振り向くことなく返事。しかも単語だけ。一応武者小路さんが雇った人だよね。雇用主で雇用者なんだよね。子供だからっていいの?
「自己紹介だ。艦長席周辺に集まって欲しい」
 10秒ほど一方的にこちらだけの時間が止まってから、うさぎが手を止める。
「うさぎ。平仮名でうさぎ。これでいいよね。わたしの艦にようこそ」
 座ったまま、視線をこちらに向けての挨拶。生意気。というより、「わたしの艦」ってどういうことなのよ。この艦は私と兄さんのもので、あなたの艦ではありません。いや、首を傾げないで。
「わたしさえいれば動かせる。わたしがいなければ動かせない。だからわたしの艦。違う?」
 違うわよ。私だって動かせます。設計者の1人ですからね。いや、そうじゃなくて、そもそも所有権は大波研究所にあるの。わかる?
「まあ、それでいい。自己紹介終了。じゃあね」
 釈然としないけど仕方ないわね。小生意気で集団行動には向かなそうだけど、腕だけはしっかりしてそうね。仕方ない。次の人を紹介してくれませんか。

「あ、あの、えと、その、こ、こ、こ、こ、こんにち、は。ご、ご機嫌、う、麗しゃう」
 噛んだ。派手に噛んだ。痛そう。大丈夫なのかしら。色々と。
「オホン。彼が操舵士の日秀充くんだ。少々引っ込み思案だが、反射神経は非常に優れている」
 なるほど。引っ込み思案だからこその反射神経であり操舵能力なのだろう。今も何かから避けるようにもじもじとしている。
「あの、えと、よろしく、お願いいしゃしましゅ」
 顔を真っ赤にしながら勢いよくお辞儀してすぐ戻る。戸惑っているとまたへなへなし始めたので、よろしくという意味で手を伸ばすと、蛇を見た猫のように飛び退いた。
「い、いえ。そういうわけじゃなくて。すみません」
 謝るのはいいのだけれど、私の手はどうしたらいいのかしら。まあ、それはいいのだけれど。とりあえずよろしくね。多分、君が一番普通の人っぽいし。

「武者小路殿! 俺様の方が天才だって、コイツに言ってくれないか」
「天才が人に助けを求めるのか。その行動はヒーローじゃないな!」
 とうとう武者小路さんが異次元の口論をしていた二人に捕まった。彼らを武者小路さんがどう口説いたのかは分からないが、この口論の責任は取ってもらおう。
「本当の天才なら、オレがヒーローだって分かるはずだぜ」
「貴様がヒーローじゃないって分かるんだ。何せ天才だからな」
 私からすると両方残念だとしか思えないのだけれど。そうでなければ出来の悪いコントだわ。まあまあって宥めるだけでなく、何か言ってくれないかしら、武者小路さん。
「いやはや、こういう人の方が『アーデントシステム』には合うと思ってな。天才の輝照院くんとヒーローの相對くんだ」
 ということは、こんなのが私のシーズナイトに乗るのかしら。正直託したくない。というか自称天才とヒーローもどきの論争に関わりたくない。あと『アーデントシステム』はこんな変人のためのシステムではありません。
「よし、じゃあ貴様がヒーローだという証拠を見せろ」
「オレが証拠だ。この赤いマフラーを身に着けている時点でヒーローだろう」
 頭が痛い。この空間にいるだけで頭が悪くなってしまいそうだわ。とりあえず、決着がつくまで話し合っていてください。結果だけ聞きますので。

 既に近寄り互い空間が出来ているのですが、やはり彼女もクルーなんですよね。
「砲撃手のクリスだ。ほぼ予知能力のようなものがある。人間相手なら彼女ほど砲撃手に適した人間はいない」
 なにやら遠回しの言い方ね。それはやっぱり目の前に広がる紫色の謎空間のせいかしら。ここで儀式をし始めそうな勢いだけれど。
「予知ではないわ。わたくしクリスティーナ・アル・エンジェの占いですの。儀式は必要ないけれど、この水晶玉は持たせてくれないかしら」
 いや、水晶玉くらいならいいのですが、具体的には紫色の布はすべて必要なものなの? そもそも何を占って砲撃を当てるのかしら。
「彼女は物理学から統計学、心理学を用いて相手を予測する、え~と、占いのスペシャリストだ」
 なるほど。科学に基づくほぼ予知能力のようなもの、ね。面白いじゃない。本人が紫ずくめというのが大きなマイナス面ではあるけれど。そうなると、その水晶玉にはどのような意味があるのかしら。
「嫌ですね。朱さん。占い師に水晶玉は付き物じゃないですか。ふふふ」
 そんな真顔で詰め寄らないでください。近くで観察しないでください。これも心理学的な効果を狙っての行動ですよね。
「いえいえ、占い、ですよ。ふふふ」
 変な人だとは思っていたが、こんな要注意人物だったなんて。彼女には細心の注意を払って応対しないといけないようね。絶対に敵に回しちゃいけない。

 さて、とうとう問題児、スパナ娘との対面ね。さっきからブリッジの中をうろうろして、まさか解体できる場所を探しているのかしら。
「何? クルミに何か用?」
 実は随分前から気になっていたが、このクルーはみんなフランク過ぎやしないか。あ、1人そもそもなかなか喋れない引っ込み思案の子もいたけど。まあ、この子の前では些事に過ぎないか。
「整備長の大田胡桃だ。技術畑同士で仲良くして欲しい」
 嫌です。クラッシャー感がにじみ出てる子とは組みたくはありません。それにそんなに大きなスパナはいつ使うのかも想像したくないです。
「じゃあ、ジャイアントレンチの方がいい?」
 よりクラッシャー感が増すというか、危険な香りがするので止めてください。そもそもブリッジに工具を持ち込まないでください。
「そんな目の敵みたく全部否定しなくてもさ。こう機械とか工具持ってないと落ち着かないんよ」
 あれ。ちょっとだけ分かると思っちゃった。設計図を起こしたり、シミュレーターを定期的にしなといけない私も相当重症なのね。
「分かってもらえたところで、この艦の図面見せてよ。クルミがパワーアップ考えてあげる」
 ダメです。やっぱりこの子とは気が合わないと思う。典型的な丸メガネを爛々と輝かせるような子は、注意しておかないと酷い目を見る気がしてならない。
「じゃあ、やっぱり床板とか外してみるしかないかなぁ」
 ほら。

 で、最後のアレは近づくよりも先に説明してもらわないといけないことが多すぎると思う。まずは念のために性別から。
「機関士の剛力鋼造こと『こうちゃん』だ。男性だが同姓に好まれるよう女性の格好をしている」
 そこまでは分かった。だからメイド服を着ているし、口紅も塗っているのね。そこまではなんとなく理解しようと思う。でも、なんであんなに筋肉隆々なのかしら。これは本人で決められるわけではないけど、なんであんなに身長が高いのかしら。2メートルはあるわよね。
「彼女なりの美学だそうだ。筋肉もメイド服も」
 あまりにミスマッチ過ぎる。というかよくそのサイズのメイド服があるなぁ、とか思ってはいけないのだろう。その身長でよく厚底のエナメル靴履くなぁとか、何故口紅が紫なんだろうとか、鏡に映った自分をどう思うのだろうとか、言ってはいけないんだろうなぁ。
「武者小路様。私のご主人様となるお方はどちらかしら」
 近くで見るとすごい迫力にすごいフリルね。反応に困るわ。それに野太い声で語尾に「かしら」がナチュラルにつくと違和感しかないわね。
「こうちゃん。こちらが所長のまも――。もごもご」
 絶対に言わせないわよ。もし言うようなら口を押さえてる手で鼻まで押さえるわ。この流れで武者小路さんが兄さんを紹介したら、絶対変なことになるから。本当にダメよ。フリじゃないわ。兄さんは私が守る。ほら、兄さんもキャラの濃い人ばかりで面食らってばかりなのは分かるけど、自分のピンチにぼうっとしないの。
「なるほど。僕が所長のまも――」
 なるほど、じゃないわ。ぼうっとしてたのも、口を押さえられてる武者小路さんが羨ましかっただけなのね。そうなのね。妹に口を押さえられて幸せそうな顔をしないでよ。何よもう。本当に。
 もうほんの少しでいいから、マトモな人はいなかったのかしら。